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「耕さない田んぼと星の王子様」

2020.01.25

「かんじんなことは目にはみえない」

童話「星の王子様」のあまりにも有名な言葉。この他にも同作品には、それまでの経験や先入観、ときにはその場しのぎの知ったかぶりで物事に対処してしまいがちな大人たちの心に響く言葉がたくさん出てきます。

「砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているからだよ」の言葉もそう。

目にはみえなくても、ものごとにはちゃんと理由がある。

子供の頃に読んだときには、その独特の比喩的な表現に馴染めず、理解することが難しかったけれど、年齢を重ねるほどに、それまで読み流していた言葉の中に込められた作者のメッセージに気づき、腑に落ちる部分が増えてきました。

「思い込み」のフィルターをかけて物事を捉えることで見失うものの価値。

目に見えるものを追いかけ、こだわりすぎることで、次第に本質から逸れてしまう。日々の仕事や人間関係、子育てなどを通して誰しもが経験しているのではないでしょうか。

例えば、表面に現れている都合の悪いことを、そうなっている原因がわからないままに、目に見えている状態に囚われたまま判断して対処する。一つ終わったら、また次、そしてまた次。もぐらたたきのように、たたいてもたたいても出てくるもの。目に見えないところで起きている「そもそも」を見ようとしない限り続く永遠のループ。

私の場合、思い起こせばいろいろあるのですが、「目に見えるもの」に終始している自分をはっきりと自覚したのは、「耕さない田んぼ」を学び実践してからでした。

2年目に初めて休耕田に大豆を植えたとき、本葉が出て間も無く、その多くが虫に食われ、ウサギに食べられ、ほぼ全滅。暑い夏の日も重い水タンクを持って、水やりに通った私のかわいい大豆が、何の収穫もなく枯れようとしていました。

「大豆がほぼ全滅❗️」と半ばパニックになり、五十嵐先生にメッセンジャーを送ったとき、送られてきた言葉が、

「目に見えるものにとらわれないで、よく見て観察ください」

「そもそも、何のために大豆を作っているのか考えてみましょう」

というような内容でした。

その時は「観察って、目に見えるものを見ることじゃないの❓」と訝しげに思い、意味がわかりませんでしたが、同じ被害に何度も合ううちに、そのループの法則、環境を作っているのは何か、そもそもこの土地はなんだったのか、自分は何のためにこの土地に大豆を定植したのか、という「そもそも」の存在に気づき、その理由を探り当てた時、五十嵐先生の言葉の意味をようやく理解できるようになっていました。

物事の「そもそも」と「本質」。出来事に対する観方ととらえ方。

そのいずれもが、目に見える表面には現れない。

その真理に気づいた時から、私と田んぼ、土地との向き合いはまた新たなフェーズへと進化したと思います。

「星の王子様」の物事の本質を突いた言葉の数々は、「耕さない田んぼ」が教えてくれるメソッドの中にあるものと同じでした。

「かんじんなものは目にはみえない」

今年から始まる私たちの「耕さない田んぼの会」「ふさぶさ田と里 学びと実践メンバー」は、田んぼを生業とする方や自給自足を目指す方だけにとどまらない、すべてのひとに共通する気づきが確かにある。

季節の里山と田んぼの観察、五十嵐先生の座学が教えてくれる自然の秩序、イネのそもそもが、 私たちの暮らし方、在り方に何をもたらしてくれるのか。

繰り返し読むたびに学びと発見のある「星の王子様」のように、通うたびに変化を感じさせてくれる「耕さない田んぼ」から私たちが感じるものを大切にすることで見えてくるものをが何なのか。

また一年後の自分の変化が楽しみです。

ご興味ある方、「耕さない田んぼの会」「ふさぶさ田と里 学びと実践メンバー」、いずれも2月末からです。ぜひご一緒に参加してください。お待ちしております。