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FUSABUSAはふさぶさファームで何をしたいのか。

2018.10.18

先日、例のふさぶさ年表を見ながら、ある人にふさぶさファームの説明をしていたとき、「最終的にどのような場所にしたいと考えていますか。」と問われた。

「その土地らしさが生きた、自然の循環のある場所に蘇らせ、そこからいただく恵みをお店で使う食材や加工品に活用したり、ワークショップやイベントなど人の集まる場として活用したい。」

我ながら、うーん、30点な答え。いや20点か。間違ってはいないが。蘇らせた先にあるものが???

実家に代々受け継がれてきた土地が、耕作放棄地となり、雑草が生い茂り、藪と化し、獣が住み着き“厄介な”土地になっていく、先祖が何代にもわたって慈しんだ土地が誰からも見向きもされない、忘れられた土地になることが、ただ悲しくて申し訳ない、何とかしたいという気持ちから始まったふさぶさファーム。

人が行き交い、命を育み、その恵みをいただく。自然の息吹が感じられる場所にしたい。

それはわかる。

で、それを具体的に目に見えるかたちとして、どのようにしたいのか。

お店で使う食材をつくる、または売るのか。

農家として米を作り、売るのか。

里山の景観保全か。

土地が蘇った先にあるものは、そういうことにもなるだろうけれど、今はいずれも目的として自分の中ではフィットしていない。

まずは、息苦しそうなその土地が呼吸しやすくて、喉を潤せるようにしてあげたい。土地の声に耳を澄ませながら、観察し、そこから得られた気づきや学びを生かして新たな場を作りたい。自分のルーツのあるその土地が、FUSABUSAの活動を支える新たな基盤となり、シンボルとなっていく。

いまの自分が想像できるのはそこまで。

「それが、FUSABUSAの事業に何の利益があるのか。」

これまでも何度も聞かれたその問い。その度に自分でも答えに窮したし、迷った。

一応、法人組織にはしているものの決して経営に余裕があるわけではない。それなら、実店舗の核となるレストラン営業をもっと充実させれば良いのではないか。宴会をたくさん入れたらどうか、メニューを増やしたらどうか、ワインをもっと売れば良いのではないか、営業時間を延長し、年中無休にすれば良いじゃないか。

そうでしょう。それが普通の感覚でしょう。

でも、私たちの選択はその逆でした。

座学を終えて、実践が始まった2017年にディナー営業をやめ、営業時間を縮小。さらに今年は週1日だった定休日を2日にしました。

ファームと向き合う時間と作業を確保するために。

そこまでしてFUSABUSAはふさぶさファームで何をしたいのか。

自給自足とか有機農業とか、自然栽培とか、里山保全とかではない。

たくさん作物を収穫して、それを売りたいわけでもない。

今はただ、自分たちがその土地に思いを寄せて、手をかけ、見守り、観察するのみ。有形無形含めて何かを得ようとしながら、土地に関わらないのが大切なような気がする。

土地と自分の関係はgive and takeでは成り立たない。思うに任せないもの。

まずは自分が土地に何をしてあげられるか。その上で流れに任せ、手元に巡ってきた豊かさを受け取っていく。その豊かさのかたちが、作物だったり、ワークショップやイベントだったりするかもしれないが、受け取る形は限定しない。最初はそれでいいじゃないか。

先の質問の、最終的にはどうしたいか、というのは、はじめの一歩を踏み出したばかりの私にはわからない。

今はとにかく、ファームを起点とした循環を生む基盤をつくること。

まずは足元にあるその土地を照らし、慈しもう。その先にある結論は、流れに委ね、巡ってきたものを受け取ろう。自分が頭で考えることなんて、所詮は想像の範囲内。奇跡はいつも想定外のところからやってくることは、この3年間のふさぶさファームで学んだこと。

「FUSABUSAは、ふさぶさファームで何をしたいのか。」

まずはそこにFUSABUSA の新たな基盤を作る。基盤ができれば、空気が通り、水が流れ、循環する。その流れが生み出すあらゆる豊かさをその時々で享受してく。揺るぎない土台から発される循環の輪は、一過性ではない、確かな豊かさをもたらすだろう。それはきっとファームだけではなく、FUSABUSA全体に行きわたり、そこから溢れるように周囲に広がる。

今はそれが私の答え。