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ふさぶさファームの記録④ “ちゅうさんかん”?

2017.03.28

放棄していた土地を自分の手で甦らせることができる!と思うと、がぜんワクワクが止まりません。
ちょうど、時を同じくして田んぼと同じ集落にある実家の空家に住まいを移すことも決定。
Uターンしてからこれまで住まいも仕事も「海」を拠点としていたのが、「里山」にも拠点を持ち、かねてよりの夢だった「里海」「里山」の二拠点居住を叶えることができたのです。

ここからは、実家への引っ越しと、「ふさぶさファーム」となる耕作放棄地の選定。
実家は、同じ集落の国道を挟んだ北と南の両方に田んぼを所有しており、その中から条件の良い田んぼを「ふさぶさファーム」にします。
この場合の条件とは「距離」「広さ」「水」。
まず、「距離」とは店の運営と並行しながらファームの作業を行うため、自宅から離れていると目が行き届きにくいこと。
「広さ」は、常時作業できるのが2人とした場合の許容量、「水」はいずれ田んぼにした場合、田んぼの水の管理がしやすいこと。

五十嵐さんと相談した結果、自宅から一番近い徒歩1分の小さな田んぼを「ふさぶさファーム」スタートの田んぼとすることにしました。
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まずは何はともあれ、畦の草刈り。とはいえ、草刈り機を使うのは初めて…!草刈りを一緒に手伝ってくれるIさんに草刈り機の使い方を教わりながら、恐る恐るぶんぶんと畦を刈り、オットさんも含めて三人で初めての草刈りは無事終了。
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めでたしめでたし、と達成感に満たされながら、きっと亡くなった父やご先祖様もまさか私が田んぼの草刈りをするなんて、と喜んでくれているだろうと感無量な想いに浸りながら、これからここを自分が田んぼにするワクワク感に気持ちがぱんぱんに膨らんでいたこのとき、まさか後日にその想いがしぼんでしまうような事態が起きることは予想もしていませんでした…。

約1週間後、ようやく実家への引っ越しを終えて、集落の皆さんへのご挨拶も兼ねて月に一度行われる地域の寄り合い(毎月行われる町内会みたいなものです)に初めて出席した時のこと。
幼い頃に、実家を巣立ってしまったので地元の人の顔も名前もほとんどわからないような状態の私と、私に引きずられるように寄り合いに連れてこられたオットさんは、とりあえず促されるままに自己紹介をし、帰ろうとしたところ、ある男性に呼び止められました。

男性「Nさんよー!(N=実家の屋号。この地域では名字ではなく屋号で呼び合います)、おたくは“ちゅうさんかん”に入ってっから、この後も残ってよー!」

私「え?でも私は田んぼはやってないですし、実家に住むのは家が荒れてしまうからとりあえず住むということで、実際に土地や家屋を所有しているのは兄ですから、私は関係ないと思います。」

男性「いや、でもあんたのところは、“ちゅうさんかん”に入ってるから、出てもらわないと困るよ!」

私「でも、私が出てもわかりませんし、もう私は実家の人間ではないので、何の権利もありませんので」

男性「とにかく、おたくはCさん(母の名前)の代わりに住んでるんだよね?だったら出てもらわないと困るよ!」

私「・・・・・・。」

そもそも“ちゅうさんかん”って何ですかね?と心の中でつぶやきながら、男性に押し切られるようにその場に残った私。

残ったのは男性を中心に10名くらい?先ほどの男性が中心となって話し合いが始まりました。

内容は

「○○の田んぼを作る人がいなくなった、そのためその田んぼを何とか管理しないとならない、誰がどうやって、どう管理するか」

「△△の田んぼはちゃんと作ってるか」

「××の田んぼは大丈夫か?」

「○○の田んぼは、誰か作ってくれる人のあては無いか」「いざとなれば、みんなでクローバーをまこうか」

・・・・・・など、どうやら自分たちの所有する田んぼの話ではなく、地域全体の田んぼの状態を確認し合っているようです。

そのうち、話の矛先は私に向けられ先ほどの男性から

「Nさんよー、おたくは田んぼどーすんだよ」と聞かれました。

正直、実家が所有する田んぼや土地が、どこにあり、どうなっているか、全てを把握しているわけではない私は、「あのー、兄がいろいろな人に頼んでいると思います・・・」としどろもどろ。

見かねた他の男性が「Nさんところは、***と***と***に田んぼがあって、そこは●●さんがやってるから、心配無いんじゃないかー」と助け舟を出してくれました。

私「あー、そうです、そうです。田んぼ、やってくれていると思います。」

先の男性「大丈夫かね?」

私「はい、たぶん……」

先の男性「●●のところの田んぼ(=ふさぶさファームの候補地となる田んぼ)は、草がボーボーになっていたけど、この前刈ってたみたいだからな。どうなることかと思って心配してたんだよ。」

私「はい、それは私達が刈りました!」

勝手のわからない、完全アウェー状態の集まりで、詰問されているような強いプレッシャーを感じ、困ってしまい「何もわからないので、すみません…」と言い訳したところ、

「何もわかんなくてもいいから、とにかく黙って、そこに座ってて!」と言われてしまいました。

「はい、すみません」・・・・・・・と応え、その後はじっと他の方々のお話を黙って聞いていたのですが、その後も地域の田んぼの状態を確認(監視?)し合うような話と、その中にたびたび出てくる“ちゅうさんかん”の単語。約30分程の会合が終わるころには、どうやらその“ちゅうさんかん”というのは、田んぼの状態を互いに確認し合い、放棄しないように監視する?ような仕組みであるらしい…。というのが何となくわかってきました。

ほとんどが慣行栽培の田んぼの集落のなか、私が「ふさぶさファーム」としてやろうとしているのは不耕起の「耕さない田んぼ」。
しかも、一年目は畑として大豆と麦を植える。田んぼも、その時の状況によって、必ずしも来年からやれるようになるとは限らない。
「不耕起の自然栽培」「田んぼである土地をわざわざ畑にする」「いずれ田んぼにはするが、時期は確定していない」

という、一般的な常識には当てはまらないことばかりの「ふさぶさファーム」。
この時に参加した会合で、「ふさぶさファーム」がやろうとしていることは、田んぼを「共同体」として守ることを主旨とする「中山間」では非常に異質であること、自分個人の考えだけではできないこと、すなわち、田んぼは「個人」ではなく、「地域」全体で管理する、という概念には「ふさぶさファーム」は当てはまらない、というところまで理解し、これは「中山間」について勉強しなければと次の日さっそく、鴨川市役所の農林水産課に「中山間」についての話を聞きにいったのでした。

続く)